cool vienna!

ひょっとしてひょっとするとcool、かも知れないvienna。

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かっこいい断捨離
 

良い季節になりましたね。
窓から見える木々の緑がキラキラ輝いています。
窓の外はキラキラだけど、窓の内、つまり部屋の中はゴチャゴチャです。衣替えです。これが毎半年私の身の上にやって来る試練なのであります。こんな辛い試練をなぜ神様は私に課すのでしょうか教えてください。ところで、「片付ける」ことを日本語で時々「やっつける」って言いますね。その感覚ってぴったりだなぁってこんなときつくづく思うんです。次から次と襲ってくる敵をバッタバッタとやっつける。まるで鬼退治的なね。かっくいー。私も早く「やっつけちゃったぜ〜!」と言える日を夢見つつ、冬服の山々をただ呆然と見つめてるところです。ところが思えばですよ、これとまったく逆の使い方で、まぁ直接聞いたことはないけれどヤクザ映画やスパイ小説などで誰かを殺すことを「片付ける」って言いますよねぇ。ヤクザの親分が子分に「おいっ片付けちまえ!」みたいな。だよねぇ。だよねぇ。でしょでしょ。なんでだろ。不思議だ日本語。相当のあまのじゃく。…つかさ、そんなこと考えてるうちにとっととやっつけた方がいいよね冬服。分かってますってば。
| manakuma | daily view | 17:00 |
白戸家のなぞなぞ

オーストリアでは、「猫は七つの命を持つ」という言い伝えがあります。ふふ〜ん、どうですかみなさん。私だってたまにはこうしてまともなことを書いたりするんですからね。まぁまともなことと言っても、オーストリアの猫には心臓が七つあるとか、死んでもゾンビみたいに七回生き返るとか、そんな話しじゃないんです。どっちにしろ、それらはあまりまともな話しとは言えませんけどね。とにかく。「九死に一生を得る」って言葉がありますけど、そんなことが7回くらいあったとしても、猫って動物はちゃんと生き伸びて行く、ものすごぉく生命力の強いやつなんだよって意味です。簡単に言うと、七転び八起きを地でいってるやつ、それが猫という生き物なわけです。それにしてもことは命に関わる問題です。実際に7なのか、8なのか、9なのか…。その辺のところはっきりしろっという苛立ちを抑えて、ここはひとつざっくりいきたいと思います。本人(本猫)に聞いたわけでもないので推測に過ぎないのですが、たとえば猫が失恋をして「もう死んでしまいたい!」と嘆き哀しむとは考えにくいので、この場合の九死に一生は、たいてい物理的なアクシデントのことを指しているわけです。でもそれを人間に置き換えたならばどうでしょうか。むしろ、失恋やリストラやとにかく何かものすごく大きな喪失感。心の挫折。ある意味、そんなときが人間がいちばん死というものに近く晒させている瞬間だと私は思うのです。そうして私も猫のようなタフでしなやかな命を持つことが出来たら。そう願ってやまない今日この頃。ところでこの「九死に一生を得る」を超究極にシンプルに解釈し表現されたものがご存知、映画「ダイハード」です。私の友人男子に、無人島に持って行きたい映画3本を「ダイハード1、2、3」と答える人がいます。いつもいたってシンプルに即答で、何度訊ねても同じ答えが返ってきます。その動物的強さに憧れて、会うたびに確認するんです。そして毎回おんなじ、期待どおりの「ダイハード1、2、3」の答えに励まされてます私。で、九死に一生が3本立てなので、27死に一生です。
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びゅんびゅんの犬
 

今年は、久々にウィーンで夏を過ごしています。
以前は予算の関係で夏もほとんどウィーンにいたのですが、ハイシーズンの飛行機代と遊興費がなんとかかんとか予算に計上出来るようになってからは、この数年間、私はウィーンの夏のことはすっかり忘れていました。そうそうウィーンの夏はなかなか悪くないんだったっけ…。そのことにふたたび気付く今日この頃です。ところでこの季節、ウィーンの日暮れはとてものんびりしていて、夜の9時をまわってからやっと暗くなります。湿度が低いせいか夜は昼間の気温に比べるといきなりひんやりして来て、街には心地よい風が吹いています。私はこの時間にあてもなくチャリンコで走り回るのが好きです。飲んだり騒いだりしている街中の人々を横目に、夜風を切ってびゅんびゅんチャリを飛ばしていると、まるで低空飛行するコウモリになった気分になって不思議に楽しいんです。ふわふわでもなくひらひらでもなく、びゅんびゅんってところがポイントで、このコウモリ的びゅんびゅんが夜風と一体感を作り出すのです。その瞬間いつも私は、地球の周りをまわり続ける旧ソビエトの宇宙船からじーっと地球を覗いているライカ犬のことを思い出すのです。おいっ待てよ、コウモリなのか犬なのかいったいどっちなんだはっきりしろっ!とお思いのみなさま、スミマセン。あくまでも、コウモリから→犬のじーっ…の順番です。逆はありません。とにかくそうして一通り夜の街を走り回ったあと気付くともうすでに真夜中になっていて、びゅんびゅんがひゅんひゅんくらいの漕ぎ方になり、やっと自分のうちの屋根の軒下に帰って逆さまにぶら下がって眠ります。
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ウナセラディ維納


すっかり夏ですねぇ。
夏の宵、川辺で見る打ち上げ花火。いいですねニッポンの夏、キンチョーの夏。ところでここウィーンでは…ハナビ?ナツハヤリマシェ〜ン。ハナビ?シルベスター(大晦日の夜)ダケヤリマス。ハナビ?ソレハフユノフウブツシデス。などと、とんちんかんな人々に囲まれて暮らす私です。そう言えば去年のちょうど今頃、私はひとりでニューヨークのブルックリンにしばらく滞在していました。そして毎晩夜風に当たりながら、ウィリアムスバーグブリッジを渡ってぶらぶら散歩していたんですが、そんな短い期間の間でも何度か花火大会を見掛けました。マンハッタン島を背景にして橋の上から見るイーストリバーの上の花火たちは、吾妻橋から見る隅田川のそれとはまた趣を異にしそれはそれでとても印象的でした。ついでに思い出に残っているのは、夏の夜のブルックリンには蛍がいっぱい飛んでいたってことです。ぜひまた仕事の経費で行かせていただきたいなニューヨーク…。まぁそれはいいとして。とにかくそんなウィーンでも、どこかでことの善し悪しのなんたるかが分かるひとが一人か二人いて、もしかしてパーンパーンと豪快にやってんじゃないかと期待を捨て切れず、私は毎晩近所の中央図書館にやって来て、この長い正面階段をのぼります。階段のいちばんてっぺんにしばらくの間座って周りを見回していますが、…バーンゼンゼンキコエナ〜イアルネ。ヤッパリウィーンジントンチンカ〜ン。ワタシスコシサミシ〜アリマ〜ス。ところでぜんぜん関係ないんですが、私はいつも夜ここに来るとつい口ずさんでしまうのが、西田佐知子のウナセラディ東京という歌です。なんで私がこの歌を知ってるのかについては記憶に定かじゃありません。がっ、さすがにオンタイムのヒット曲ではなかったことを強調しておきます。
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ならずもの解放区
 

私は紅茶のことを「お紅茶」、油揚げのことを「お揚げ」とは呼びません。
彼らにすれば別にざぁます的に気取ってるわけじゃなく、それはつまり紅茶と油揚げに対する特別な畏敬の念が、「お」の一点に集中して表されている「お紅茶」「お揚げ」の人なわけです。とにかくお分かりだとは思いますがそれらの類いの根本が、その人間のお育ちという点に所以しているのです。「紅茶!」「油揚げ!」「あいよーっ!」というように装飾なしのいたってシンプルなお育ちの私は、たまにホンモノの「お紅茶」「お揚げ」の人に出会ったりすると、どこかむず痒く、せめて「舶来の茶!」とかなんとか呼べっと心の中で舌打ちさえしています。そんな強気な私のお育ちにおいても、実は「本」という最大の弱点があります。飢饉続きの農家が米に飢えるように、自身たちの少年期を本に飢えて過ごした両親から、本というものを何かとても恐れ多い、まるで神がかり的な崇拝すべきものとして扱うように深〜く洗脳されて育てられたというわけです。私はこの洗脳のことは普段ひた隠しにして生活してるのですが、まさか本を投げたり踏んだり出来ないどころか、棚に上下逆さまに納めることさえ絶対ムリなんです。図書館やひとの家の本棚も直してまわります。そして、もしも間違えて踏んづけたりしようものなら、飛び退き、暗黒の世界に光を点して導いて下さるご本様に泣いて許しを請うでしょう。ところで、いつものことながら崇拝もへったくれもあったもんじゃないフリマのこの地獄絵図。私は、少しばかりの侮蔑とともに震えながらそれを遠巻きに眺めつつ、それでいて割と真剣に読みたい本を野放図にあさっているらしきこれらの人々に対して、もしかして私の恐れを解放してくれるかも知れない怖いものなしのならずものたち…的な憧れの気持ちをこっそり抱いてしまうのでした。
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香りと幸せの関係


香りは、少しだけひとを幸せにしてくれるものです。
きのう、ベッドの枕元のすぐ横に洗濯物を干していてそう思いました。洗濯オタクだった祖母が一晩中私を見守ってくれてるような懐かしい気分がしたんです。たとえば彼女に枕元に立たれるよりも、そこはかとなく洗濯物を香られる方がずっと幸せ感が大きい。枕元に立たれて幸せ…ってのはどうかと思いますけどね。とにかくこれは、私にはとてもステキな発見でありました。そう考えると、私は畳の匂いが大好きだし、海の匂いも懐かしくていいですね。そんなルームパルファンがあったらいいのになぁと思います。ところで、カール・ラガーフェルド氏のいちばん好きな香りは「焼きたてのパンの香り」だそうですね。うんうんカールくん、キミの気持ちはよく分かる。誰だってパン屋さんの横を通っただけで、漂って来る焼きたてパンの香りに幸せになるものですからね。だからパン屋さんの横ではいつも数人の人が立ち止まってクンクンしてますよね。(してません)対して、日本人としてここはやっぱり炊きたてのご飯が最上級の幸せの香りとさせていただきたい。そして海苔の香り、アジの干物を焼く香り、納豆の香り、ぬか漬けの香り、そしてそしてお味噌汁の香り。…ところで、この方向性でホントに大丈夫なのだろか私のファッションブログ。がんばれ私のファッションブログ。ちなみに私の長年のお気に入りの香りは、ロクシタンのローズです。4種類のバラの香りが調合されています。(やっとちょこっと持ち直しました私のファッションブログ)あっでも、もったいないので使用量はあくまでもほんのちょびっと…がポイントです。
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シマシマをさがせ


誰にでも、得意技のひとつやふたつはあるものです。
私の身近なある男性はですね、公共の場で私が5メートル以上離れて立っていると、絶対に私のことが見えない…というすごい得意技を持っています。いくらなんでも、そこまで目立たないいでたちの自分ではないと思いたいんですけど、どうなんでしょう。ちょうど先日もそうでした。とある街角から北東の方向へ行かなければならなかった私たち。私は氏の立つ街角地点から5メートルほど離れた北ヘ向かう道に立っていたのです。がほんの5秒ほどショーウィンドーなどをのぞいたのが運のツキ、気付くと氏の姿はその街角から消えていたのです。当然のごとくと言うか、案の定と言うか氏は東方面の道を迷うことなくまっしぐらにチャリで暴走して行っちゃったらしいんですね。びっくりして途方に暮れていると数分後、パニック状態の氏からケイタイが鳴りました。「なぜいつもいつもキミはこうして勝手に姿を消しちゃうんだーっ!」と。そんなこんなで常々、氏とのお出掛けの際には白と赤の
シマシマTシャツを着るべきかどうかについて真剣に悩んでいる私です。そしてそのTシャツは、いったいどこで買えるものなのか…。そんな矢先ドナウ川で見掛けたボート漕ぎ(でいいのかな?)のトレーニング中の年輩のおじさんたち。これってかなり理想に近いシマシマTですよね。でも「それどこで買ったんですか〜?」と岸辺からの私の質問は、一心不乱でボートを漕いでるおじさんたちには届かなかったようです。チームお揃いで着ているところを見ると、ボート競技関連Tなのでしょうか。やっぱり着る以外に手はないんですかね…。
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行者が森に爆走中
 

あなたはホンモノの爆走するイノシシを見たことがありますか?!
なぜ私がこんなことを聞くのか、勘の良い方ならもうお分かりですね。それは、まぎれもなく爆走するイノシシ。もちろんライブです。ホンモノです。たとえば私の見たそれは「砂埃を上げて移動する岩」でした。少し距離はあったけど、本当に見たんですって、自分の歩いている道を横切って行くそんな岩、じゃなかったイノシシ。何の用事なのか、とにかくやつはめちゃくちゃ急いでました。こっちがのんきに森を散歩しているのに、あんなのにいきなり突っ込んでこられたらたまったもんじゃないなぁ、と恐ろしくなりました。が一方で、「いるんだよねぇ人間の中にもああいうやつ…」と該当枠を思い浮かべてフムフムとうなずきました。ひとの迷惑もおかまいなしに猪突猛進系ってつくづく困ります。相手するこちらも、否応なしに命がけです。該当枠、思い出しただけで治りかけてる肩がまた痛くなりました。ところでこの日、このとっても危険な森へ出掛けて行ったわけは、イノシシ狩りではなくて、行者ニンニク狩りのためでした。思ったとおり蒼々としげる春の行者ニンニクに狂喜乱舞した私。ご存知ですか?行者ニンニク。ニラをもっと柔らかくした葉っぱ状の天然の野菜(野菜でいいのか?)。超美味しいんですよ〜。しかも森では採り放題ですからね。しかも森は入場料ナシですからね。しかも一面に生えているので、採っても採っても採り尽くせません。そんでもって入場料ナシなんですからね。(分かったって)この森は、ウィーンのはずれのマリー・アントワネットも暮らしていたという、シェーンブルン宮殿の裏側に広がるラインツという地域です。でも、マリー・アントワネットが行者ニンニクを食べていたという話しは、聞いたことはありませんけどね。(イノちゃんは、人間に寄って来ないので本当は危なくないんですよ。)
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ご老公のステッキ
 

半年以上患っていた原因不明の重い肩凝りが治り始めました。
その肩凝りは左肩のものすごい肩凝りで、去年の夏のはじめ頃突然始まったんです。ある朝、被って着るタイプのワンピースが左肩の痛みで着れなくなってしまい、それ以来ずっと続いていたんです。肩凝りのために着たいものを断念…って、人生始まって以来の経験でした。そしてこの冬の間中も、コートの脱ぎ着にはとても苦労しました。それでいつも左から脱ぎ着をしようと固く決心するのですが、人間の習性はそう簡単に変えられるものじゃありません。無意識にいつも右腕から通してしまい、決まって「あ痛たたた…」とほとんど動かない左腕を無理矢理コートの左袖に通そうとひとり格闘しました。仕事場でもカフェでも映画館でもどこででもです。辛い半年間でした。一気に十歳くらい年を取った気分になり、頭の中では「ご老体」「デイサービス」「達者でな」などの言葉が占拠していました。また、傘屋さんのショウウィンドウなどを通りかかると、片隅に置いてある杖がつい気になって、「まず最初の一本はどんなデザインのものにするべきか…」などと考え始めたりしていました。ところが先日パリ滞在中のことです。ある朝「あれ?」と気付くと左肩が少〜し軽くなってるんです。翌日はもう少し。その翌々日はもうちょっと。って感じで。それ以来少しずつ左腕も動き始めて痛みも引いて来ました。不思議です。半年以上続いていたあのひどい肩凝りの原因は何だったのか。それ以来ずっと考えています。ひとつだけ言えるとすれば、ここ数年ものすごくストレスに感じていたことが、パリの出張できっぱり終わりになったことです。どう考えてもそれ以外に思い当たる節が無いんです…。よく聞くけれど、でもまさか身体と心ってこんな単純な仕組みでつながってるものなんでしょうかね。まだ疑心暗鬼な私ですが、そんなもんかも知れませんね。きっと。
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雨上がりのペチェ


みなさんこんにちは、チェルシー舞花です。
えっと、違いますよぉ。ホントはウィーンからmanakumaですよぉ。思い起こせば一年以上ぶりのご無沙汰ですかね。ごめんちゃい…。そうそうきのう虹を見たんです。…すかさず話題すり替えの術。それも半円状の弓の根元のところから、反対側の根元まではっきりくっきりの最上級のやつ。言わずと知れた鮮やかなレインボーカラー。当たり前です。その当たり前がうれしい。うれしくて思わず虹色のアフロのヅラをかぶってスキップしたくなりました。で、その真ん中にまさか「PECE」とは書いてなかったんですけどね、ちょっとそう見えたような気がした瞬間、なんとなぁくブログの再開を思いついたわけです。相変わらず、その程度のいい加減な決意の私です。スミマヘン。とにかく、雨降って地ぐちゃぐちゃのぐちゃんこ。でもやっぱりペチェ(イタリア語で「平和」の意)がいいですね〜。…とお茶を濁して終わるの術。チェルシー舞花でした。
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